東京高等裁判所 平成6年(行ケ)191号 判決 1995年11月21日
アメリカ合衆国
14650 ニューヨーク州 ロチェスター市 ステート・ストリート 343
原告
イーストマン・コダック・カンパニー
同代表者
オグデン・エイチ・ウエブスター
同訴訟代理人弁護士
大場正成
同
尾﨑英男
同
滝井乾
同訴訟代理人弁理士
橋本正男
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
同指定代理人
上野信
同
臼田保伸
同
今野朗
同
土屋良弘
同
関口博
主文
特許庁が平成4年審判第465号事件について平成6年3月18日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「オプティカルディスクの読取装置及び方法」(後に「オプティカルディスクの読取装置」と変更)とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1980年6月20日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張し、日本国を指定国として1981年5月12日になされた国際出願(国際出願番号PCT/US81/00626)に基づく特許法184条の5第1項の規定による書面を昭和56年5月12日(特願昭56-501768号)に提出したが、平成3年9月13日、拒絶査定を受けたので、平成4年1月13日、審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第465号として審理した結果、平成6年3月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」(出訴期間として90日附加)との審決をし、その謄本は、同年4月20日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
ピットにより形成された位相変調パターンのトラックとして記録された高密度情報を有するオプティカルディスクを読取るための装置であって、前記トラック上に読取スポットを形成するようコーヒレントな読取光のビームを収束するための第1の光学エレメントと;オプティカルディスク及び読取スポットの間の相対的動きを与えることにより上記トラックに沿う読取スポットの走査をするための走査手段と;上記トラックの位相変調パターンによって回折された読取光を検知するためオプティカルディスクから離して設けられたフォトディテクタを含む検知装置と;を備え、その特徴が、前記読取スポットは、前記ピットの各々より長く、また検知装置が位相変調パターンによって回折された零次回折ビームと、1次回折ビームの少なくとも1つとをフォトディテクタに重ねた関係にして指向させる第2光学エレメント、及びオプティカルディスクとフォトディテクタとの間に位置決めされ、零次回折ビームの強度を減衰してそれに重ねられる1次回折ビームの平均強度にほぼ等しくするための減衰手段を有することにあるオプティカルディスク読取装置。(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) 特開昭53-47804号公報(以下「引用例」という。)には、次の技術事項が記載されている。
(a) この発明は、ディスクなどに機械的凹凸状に記録された音声、映像などの信号を光学的に読み取る光学的再生装置に関する。
(b) 従来の光学的再生装置(別紙図面2第1図)において、たとえ光スポットが谷部(7)にあるときでも、集光レンズ(3)の開口内に回折する成分の光が常に存在するので、谷部の光検出器(5)の出力は零になることがなく、光検知器(5)の出力信号(同第1図(b)の符号(ロ)の部分)は零になることがなく、したがって、光検出器(5)の出力信号(イ)には直流的な非変調成分が存在することになっている。このような直流成分は光検知器(5)のS/N比を劣化させるものである。・・・
この発明は、上記従来の欠点を除去するためになされたもので、ディスクの山部では出力が零、谷部では最大出力となり直流成分のない理想的な出力特性を得る光学的再生装置を提供するものである。
(c) 別紙図面2第2図(a)の光学的再生装置において、ピット(7)により形成された位相変調パターンのオプティカルディスク(4)のトラック上に読取スポットを形成するようコヒーレントな読取光(レーザ光)(1-1)を収束する集光レンズの光学エレメント(3)、該ディスク(4)と該読取スポットの間の相対的動きを与える走査手段により該読取スポットを走査するための手段及び前記トラックの位相変調パターンによって回折された読取光を検知するための光検知器(5)(フォトディテクタ)とを備え、該ディスク(4)と光検知器(5)との間に遮蔽板(8)が位置決めされ、読取スポットが該ディスクの山部(6)にあるときは該ディスクにより正反射された光束(1-1a)は集光レンズ(3)を通過するが、遮蔽板(8)により遮光され、光検知器(5)の出力は零であり、一方、読取スポットが該ディスクの谷部にあるときの回折光強度分布は光束(1-1b)のように集光レンズ(3)の周辺に主強度分布を有する分布となり、このため、光検知器(5)の出力は、同第2図(b)に示すように、読取スポットが該ディスクの谷部、即ちピットにないとき(山部のとき)零出力(符号(イ)で示す)で、ピットにあるときは出力(符号(ロ)で示す)が発生する。
(d) この発明では、遮蔽板(8)により正反射光成分をほとんど零とすることができるので、光検知器(5)の直流成分(ピット(7)が存在しないときの出力)をほとんど零とすることができ、S/N比を高めるとともに、信号処理が容易となるものであり、従来のごとく、直流成分は原理的には零とならず、かつピット巾や光スポット径の値に依存して変動するなど不都合は避けられないのに対して、この発明では顕著な効果を有する。
(e) 引用例は、正反射光成分(ピットの回折光の0次成分)を遮蔽し、回折光の高次成分を検知するものである。
(f) 遮蔽板(8)として、高次成分を遮光するリング状の遮蔽板(8)を設ければ、回折光の低次成分を検出できるので、この出力でピットを読み取ることもできる。
(g) ディスクにおけるピットの回折光の0次成分である正反射光成分を遮蔽し、この回折光の高次成分を光検知器で検知するようにしたので、光検知器の出力に直流成分を含むことがなく、高い変調度を得ることができる。
(3) 本願発明と引用例に記載されたものとを対比すると、引用例においても、別紙図面2第2図(a)に示されるように、レーザ光源(1)からの光束(1-1)により光ディスク上に読取スポットを照射することによる反射光は正反射光(0次回折光)と回折光(1次回折光)であって、0次回折光と1次回折光が集光レンズ(3)(或いは光検知器(3))に対して重ねられた関係にして指向されているから、両者は、ピットにより形成された位相変調パターンのトラックの如き記録された高密度情報を有する光ディスクを読み取るための装置であって、該トラック上に読取スポットを形成するように光ビームを収束するための集光レンズ(第1の光学レンズ)と、該ディスク及び読取スポットの間の相対的動きを与えることにより該トラックに沿う読取スポットの走査をするための走査手段と、該トラックの位相変調パターンによって回折された読取光を検知するため該ディスクから離して設けられた光検知装置とを備え、該光検知装置が、位相変調パターンによって回折された零次回折ビームと1次回折ビームの1つとを該光検知器に重ねた関係にして指向させるとき、該ディスクと該光検知器との間に位置決めされ、且つ零次回折ビームの強度を減衰するための減衰手段(遮蔽板)を有する光ディスク読取装置である点で一致し、<1>本願発明では特に1次回折ビームと0次回折ビームを光検知器に重ねた関係にして指向するための第2光学エレメントを設けること、<2>読取スポットがピットの各々より長いこと及び<3>該減衰手段により零次回折ビームの強度を減衰して1次回折ビームの平均強度にほぼ等しくするものであるのに対して、引用例ではそれらについては特に記載されていない点で相違している。
(4) 相違点<3>について検討する。
本願発明の明細書(甲第2号証)において、「特に、零次回折ビーム内の光を選択的に減衰することにより(たとえば、零次ビームの一部をフォトディテクタへの路でマスキングするか他の方法で阻止することにより)増大されたピット感知信号が得られることが判った。」(同9頁20行ないし24行)及び「ビームB-1の総光量を均合せるためにビームB0の総光量を選択的に減衰し、(レンズ41によって共通の点に収束させることにより)ビームB1と減衰されたビームB0とを重ね合わせることにより、ビームB0及びB-1間で生じる周期的な相互減衰的な・・・干渉の変調のコントラストすなわち深さを最大にする。」(同10頁6行ないし12行)と記載され、一方、引用例においてもピットによる位相変調パターンによる零次回折光と1次回折光を重ね合わせた状態で、1次回折光に対して相対的に零次回折光を減衰することにより高い変調度を得ることが記載されている以上、本願発明のように零次回折光ビームの強度を1次回折光ビーム平均強度にほぼ等しくすることは、光検知装置における零次回折光と1次回折光の間の変調度を設定する上での単なる設計事項にすぎない。
(5) 相違点<2>について
さらに、光ディスク読取装置において、読取スポットの大きさを該ディスク上のピットよりも大きくすることは周知技術であるから(例えば、特開昭52-65405号公報参照)、本願発明のように読取スポットをピットの各々よりも長くすることは単なる設計的事項である。
(6) 相違点<1>について
また、本願発明のように、零次回折光及び1次回折光を光検知器に集光させるために光検知器の前面に第2光学エレメントである集光レンズを設けることは、ディスクからの反射光の利用効率を高めるために、光学的処理技術における慣用手段の単なる付加にすぎない。
(7) そして、本願発明は、上記構成を採ることにより格別の効果を奏するものとも認められない。
(8) 以上のとおりであるから、本願発明は、引用例に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、本願発明と引用例に記載のものとが零次回折ビームと1次回折ビームの1つとを該光検知器に重ねた関係にして指向させる点及び零次回折ビームの強度を減衰するための減衰手段を有する点で一致することは争い、その余は認める。同(4)のうち、引用例においてもピットによる位相変調パターンによる零次回折光を重ね合わせた状態で、1次回折光に対して相対的に零次回折光を減衰することにより高い変調度を得ることが記載されている以上、本願発明のように零次回折光ビームの強度を1次回折光ビーム平均強度にほぼ等しくすることは、光検知装置における零次回折光と1次回折光の間の変調度を設定する上での単なる設計事項にすぎないことは争い、その余は認める。同(5)は認める。同(6)ないし(8)は争う。
審決は、本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定並びに相違点<1>及び<3>に対する判断を誤ったために、本願発明が引用例記載の発明から容易に発明できるとの誤った結論に到ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)
<1> 審決は、本願発明と引用例記載の発明が「零次回折ビームと1次回折ビームの1つとを該光検知器に重ねた関係にして指向させる」点で一致していると認定したが、誤りである。
本願発明においては、0次回折ビームと1次回折ビームをフォトディテクタに重ねた関係にして指向させるが、それは、ピットが走査される一周期の間に、1次回折ビームが0次回折ビームと完全に位相が合う時と0次回折ビームから180°位相がずれる時がそれぞれ一度生じ、その結果、0次回折ビームと1次回折ビームは干渉により強められる時と弱められる時があることを利用してピットの存在を検出するためである。
これに対し、引用例記載の発明においては、集光レンズ(3)の半分が遮蔽板(8)で遮蔽されているため、光スポットが山部にあるときも谷部にあるときも、正反射光は光検知器(5)には達しないから、0次回折ビームと1次回折ビームが光検出器に重ねた関係にして指向されることはないものである。
被告は、マスク端部での回り込み現象があると主張するが、零次回折ビームとは、引用例で「正反射光成分(ピットの回折光の0次成分)」(甲第6号証3頁左上欄15行、16行)と説明されているように、正確には「反射」であり、反射面において入射角と等しい反射角が形成される。また、引用例の回折光は回転するディスク上に形成されたピットによって生じるものであり、マスクの端部で回折現象が生じることもない。
<2> 審決は、本願発明と引用例記載の発明が「零次回折ビームの強度を減衰するための減衰手段」を有する点で一致していると認定したが、誤りである。
本願発明においては、<1>で述べたとおり、0次回折ビームと1次回折ビームの重なりによって生じる干渉現象を利用しているものであり、減衰手段は、干渉の変調の深さを最大にするために0次回折ビームと1次回折ビームの光の強度をほぼ等しくするためのものであって、0次回折ビームを全く遮光してしまっては目的を達することができない。
これに対し、引用例記載の発明における遮蔽板(8)は、光検知器の直流成分(ピットが存在しないときの出力)をほとんど零にすることを目的とするものであり、正反射光(0次回折ビーム)を完全に遮光しないような減衰では所期の機能を果たすことはできない。
(2) 取消事由2(相違点<3>に対する判断の誤り)
審決は、引用例記載の発明に1次回折光に対して相対的に零次回折光を減衰することにより高い変調度を得ることが記載されている以上、本願発明において、零次回折光ビームの強度を1次回折光ビームの強度にほぼ等しくすることは単なる設計事項にすぎないと判断したが、誤りである。
本願発明において零次回折光ビームの強さを1次回折光ビームの平均強度とほぼ等しくすることは、零次回折光ビームと1次回折光ビームの重なりによる干渉の変調強度を最大とするためであって、干渉による位相検出系を前提とするものである。
これに対し、引用例記載の発明においては、干渉による位相検出系を前提としていないため、それぞれの回折光の強度を等しくするために1次回折光に対し相対的に0次回折光を減衰することは示唆もされていない。
(3) 取消事由3(相違点<1>に対する判断の誤り)
審決は、零次回折光及び1次回折光を光検知器に集光させるために光検知器の前面に第2の光学エレメントである集光レンズを設けることは、慣用手段の単なる付加にすぎないと判断したが、誤りである。
本願発明において、第2の光学エレメントである集光レンズを設ける目的は、零次回折ビームと1次回折ビームを重ね合わせることを効率よく行うことにある。
これに対し、引用例記載の発明においては、0次回折ビームと1次回折ビームを重ね合わせることが開示されていないものである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定及び判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
<1> 引用例記載の発明は、零次回折光を完全に遮光するものではなく、遮蔽板の配置、形を変えることにより光検知器(5)に達する回折光成分を選択し、高い変調度を得ることができるものである。
引用例記載の発明及び本願発明の技術では、ディスクの凹凸と光の波長の寸法が同程度のものを対象としているものであるから、波としての性質が顕著に現れて回折現象を無視できず、引用例記載の発明においてはマスクの端部での回り込み現象があるから、零次回折ビームが全く検出器に到達しないとするのは誤りである。
また、引用例の第4図(別紙図面2)で説明されている実施例は、光源(1)からの光はビームスプリッタ(2)により反射してディスク(4)に向かい、ディスク(4)で反射した光は集光レンズ(3)を通りビームスプリッタ(2)を通過した後に、その光軸部分が遮蔽板(8)で遮蔽され、その余の部分が光検知器(5)に達し、高次回折光の変化を検出することができること、逆に遮蔽板(8)の位置に光検知器(5)を置けば低次光を検出できることが記載されている(甲第6号証3頁左上欄19行ないし右上欄12行)。第5図(別紙図面2)には、第4図と類似の構成ではあるが、円盤状の遮蔽板(8)を光検知器(5)の前面に置くことにより高次回折光成分を、リング状の遮蔽板(8)により回折光の低次成分を検出することが記載されているものである(甲第6号証3頁右上欄13行ないし左下欄3行)。
<2> 上記<1>で論述したように、引用例記載の発明においても遮蔽板(8)は零次回折光のすべてを遮断するものではない。したがって、遮蔽板(8)は零次回折光の強度を減衰しているものいうことができる。
(2) 取消事由2(相違点<3>に対する判断の誤り)について
上記(1)で述べたとおり、引用例記載の発明においても、零次回折光と1次回折光が重なった状態で光検知器(5)に達しており、しかも零次回折光は一部が遮蔽板(8)により遮蔽されている。
また、特公昭53-26768号公報(乙第4号証)には、「一定の速度で走行する記録媒体に投射された単色光を、記録媒体上の凹凸面によって回折し、その回折光を光学系を介して結像させ、この結像面に生じた干渉縞をスリットを通して光電変換器に与えて原信号を再生する」(4欄2~6行)ものが記載され、再生時に用いる干渉縞は、2つの回折光として0次の回折光と1次の回折光とを用いるとコントラスト比の大きな干渉縞が得られること、記録媒体に凹凸が形成されていない状態では干渉縞は生じないこと、そして0次回折光と1次回折光の強度を変化させるとコントラストが変化し、同じ強度の場合には干渉縞は最も強い明るさ(強度4A2)から、最も暗い明るさ(強度0)の間で余弦関数のように変化することが記載されている(4欄18~38行)。
したがって、零次回折光ビームを1次回折光ビーム平均強度にほぼ等しくすることは、光検知装置における単なる設計事項である。
(3) 取消事由3(相違点<1>に対する判断の誤り)について
前記(1)で示したように、引用例記載の発明においても、零次回折光と1次回折光が重なった状態で光検知器に達しており、原告の主張の前提は根拠がない。
第4 証拠関係
本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、3(審決の理由の要旨)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点のうち、(1)(本願発明の要旨の認定)、(2)(引用例記載の技術事項)、(3)(一致点、相違点の認定)のうち、本願発明と引用例に記載のものとが零次回折ビームと1次回折ビームの1つとを該光検知器に重ねた関係にして指向させる点及び零次回折ビームの強度を減衰するための減衰手段を有する点で一致することを除く事実、(4)(相違点<3>に対する判断)のうち、引用例においてもピットによる位相変調パターンによる零次回折光を重ね合わせた状態で、1次回折光に対して相対的に零次回折光を減衰することにより高い変調度を得ることが記載されている以上、本願発明のように零次回折光ビームの強度を1次回折光ビーム平均強度にほぼ等しくすることは、光検知装置における零次回折光と1次回折光の間の変調度を設定する上での単なる設計事項にすぎないことを除く事実、(5)(相違点<2>に対する判断)は、当事者間に争いがない。
2 本願発明の概要
甲第2号証ないし第5号証(本願発明の公表特許公報、平成2年6月26日付け手続補正書、平成3年5月27日付け手続補正書、平成5年12月13日付け手続補正書)には、「本発明は、オプティカルディスクのような光学的記録がなされた媒体かつ高密度情報を光一電気変換式に読取る装置に係り、特に、記録媒体上の記録トラックによって読取光に与えられる位相差を検知するのに特に適した装置に関する。」(甲第2号証2頁左上欄3行ないし7行)、「米国特許第4,065,786号には、オプティカルディスクから位相差情報を読み取るための“スプリット-ディテクション”法として知られている方法が開示されている。」(同2頁右上欄11行ないし14行)、「(スプリットディテクション法における)光ディテクタはディスク上のピットパターンによって回折された光の2つのオーバーラップする領域、すなわち、ディスクから反射される+及び-1次回折ビームのそれぞれと、ディスクから反射される零次回折ビームとのオーバーラップ部分、に於ける光の強度にそれぞれ応答するように位置決めされる。2つのディテクタの出力は結合されて読取信号の大きさを2倍にする。」(同2頁左下欄3行ないし9行)、「しかし、スプリットディテクション法も欠点がある。上述したように、この方法は零次及び1次回折ビーム間の2つのオーバーラップ領域に2つのディテクタを正確に位置決めすることが必要である。・・・一般的に、干渉する零次及び1次ビームの振幅は、ビームがオーバーラップする領域に於いて等しくなく、それらビームの相互干渉の結果として信号の変調の深さはこの事実によって制限される。」(同2頁左下欄24行ないし右上欄9行)、「本発明の目的は、“スプリットディテクション”法の上述した全ての利点を有し、しかも欠点のない、オプティカルディスクに記録された情報を読取るための装置を提供することにある。」(同2頁右下欄16行ないし19行)、「概要を述べれば、上記目的は、高空間周波数、光振幅及び/又は位相変調パターンの如き、記録された情報を有するオプティカルディスクのトラックに関して読取光スポットを走査し、トラックから回折された零次回折ビームと1次回折ビームの1つを信号フォトディテクタ上で重ね合わせるように指向させ、零次回折ビームを減衰して同ビームのフォトディテクタに於ける強度を同ディテクタに〔ここから〕於ける1次回折ビームの強度に一層等しくして、そのようなビーム間で生じるどのような干渉の変調(コントラスト)の深さも増大するようにした本発明により達成できる。」(同2頁右下欄20行ないし3頁左上欄5行)、「第3a図乃至第3d図(注・別紙図面1)には、記録されたパターンの空間周波数の一周期内での異る位置を通るディスクの動き(・・・)が示されている。・・・零次及び1次回折ビーム間の強度の差は、ピットの深さ及びピットの間隔に対するピットの長さの比に依存するが、収束された読取スポットがピットより幾分長い条件下に於いては、零次回折は一般により大きな強度を有している。」(同3頁右下欄12行ないし25行)、「零次及び±1次回折ビームの相対的位相は、記録パターンの空間周波数の1周期(すなわち、1つのピットの中心からトラックに沿う隣りのピットの中心まで)を通して読取スポットを走査すると、・・・各1次回折ビームは;(1) 零次回折ビームと完全に位相が合い、(2) また、零次回折ビームから180°位相がずれることが一度生ずるということに着目することが重要である。」(同4頁左上欄1行ないし11行)、「特に、零次回折ビーム内の光を選択的に減衰することにより(たとえば、零次ビームの一部をフォトディテクタへの路でマスキングするか他の方法で阻止することにより)増大されたピット感知信号が得られることが判った。」(同4頁左上欄20行ないし24行)、「本発明は、π/2位相差を反射光に与えるオプティカルディスクとともに用いることが好ましい」(同5頁左上欄6行、7行)と記載されていることが認められる。
3 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 引用例記載の技術事項(審決の理由の要点(2))は、前記1に判示したとおりである。
(2) そうすると、引用例記載の発明においては、読取スポットがディスクの谷部(7)にかかった場合には、別紙図面2第2図(a)における集光レンズ(3)の下半分を通過して光検知器(5)に向かう正反射光(0次回折ビーム)と、集光レンズの周辺に主強度を有するが集光レンズ(3)の上半分又は下半分を通って光検知器(5)に向かう1次回折ビームが生ずることになるが、遮蔽板(8)の存在により、光検知器(5)に達する光は、集光レンズ(3)の上半分を通った1次回折ビームのみとなり、読取スポットがディスクの山部(6)にある場合は、正反射光(0次回折ビーム)のみが生じ、遮蔽板(8)の存在により、光検知器(5)に達する光はないことになる。
被告は、光の回折現象等を理由に、引用例記載の発明においても0次回折ビームと1次回折ビームが重ねて光検知器(5)に到達している旨主張するけれども、光の回折現象のために引用例記載の発明においても0次回折ビームが光検知器(5)に到達していることを認めるに足りる的確な証拠はない。また、引用例(甲第6号証)の第4図及び第5図(別紙図面2)に示された実施例も、低次成分又は高次成分のいずれか一方を選択して検出するものであり、重ねられた関係で光検知器(5)に達するものとは認められない。仮に引用例記載の発明においても0次回折ビームの一部が光検知器(5)に到達しているとしても、引用例の明細書(甲第6号証)には到達した0次回折ビームをディスクの谷部(7)の検出に利用することは何ら記載されていないばかりか、引用例記載の発明は、そのような0次回折ビームを不要なものとして除去することを技術思想としているものである。
したがって、本願発明と引用例記載の発明は「零次回折ビームと1次回折ビームの1つとを該光検知器に重ねた関係にして指向させる」点で一致しているとした審決の認定は、誤りである。
(3) 上記(2)に判示のとおり、引用例記載の発明は、遮蔽板(8)により正反射光(0次回折ビーム)を完全に遮断するものであるが、減衰の究極的形態が遮蔽であると考えられること、及び、原告が主張する、本願発明の減衰手段が0次回折ビームと1次回折ビームの光の強度をほぼ等しくするためのものであるとの点は、審決で相違点<3>として取り上げられていることからすれば、審決が、両者は「零次回折ビームの強度を減衰するための減衰手段」を有する点で一致すると判断した点には、誤りはない。
4 取消事由2(相違点<3>に対する判断の誤り)について
(1) 前記2に判示のとおり、本願発明は、零次回折ビームと1次回折ビームとの干渉による変調の深さを増大することを目的として、一般に1次回折ビームより大きな強度を有し、変調の深さの増大の妨げとなる零次回折ビームの強度を減衰させ、増大されたピット感知信号を得るものである。
これに対し、前記3(1)、(2)に判示のとおり、引用例記載の発明は、「1次回折光に対して相対的に零次回折光を減衰することにより高い変調度を得る」ものではあるが、そのために採用した構成は、直流成分を形成する正反射光成分(0次回折光)を不要なものとして遮蔽し、光検知器(5)に到達させないようにするものであり、本願発明のように零次回折光ビームのある程度の到達を許容し、1次回折光ビームと干渉させて高い変調度を得ることは何ら開示されていない。
そうすると、引用例に「1次回折光に対して相対的に零次回折光を減衰することにより高い変調度を得ることが記載されている」ことを理由に、本願発明において零次回折光ビームの強度を1次回折光ビーム平均強度と同程度にすることが単なる設計事項にすぎないと解することはできない。
(2) 被告は、乙第4号証(特公昭53-26768号公報)には、「0次回折光と1次回折光の強度を変化させるとコントラストが変化し、同じ強度の場合には干渉縞は最も強い明るさ(・・・)から、最も暗い明るさ(・・・)の間で余弦関数のように変化する」ことが記載されているとして、零次回折光ビームを1次回折光ビーム平均強度にほぼ等しくすることは、光検知装置における単なる設計事項であると主張する。しかし、前記のとおり、本願発明において、零次回折光ビームの強度を1次回折光ビーム平均強度にほぼ等しくすることは、零次回折光ビームと1次回折光ビームの重なりによる干渉の変調深度を増大させるためであるところ、引用例には、前記のとおり、上記干渉に関する記載も示唆もない以上、審決が引用しなかった光を干渉させた場合に関する乙第4号証を本訴において援用することは、そもそも許されないといわなければならない。
(3) そうすると、審決は、本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定(取消事由1<1>)並びに相違点<3>に対する判断(取消事由2)を誤ったものであり、この誤りが本願発明を引用例記載の発明から容易に発明できるものとした審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は、その余の点について判断するまでもなく、違法として取消しを免れない。
5 結論
よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
別紙図面1
<省略>
別紙図面2
<省略>